• 田辺三菱製薬のあゆみ
  • 田辺三菱製薬、合併の系譜

田辺三菱製薬のあゆみ

当社の創業は1678年にさかのぼり、初代田邊屋五兵衞が大阪・土佐堀で「田邊屋振出薬」の製造販売の店舗を開いたことにその歴史は始まります。
さらに時代をさかのぼると、初代田邊屋五兵衞の曽祖父にあたる田邊屋又左衞門は、1604年から既に海外との貿易を行い、海外の貴重な薬種を日本に輸入していました。創業から300有余年の間、私たちは先人からの想いを大切に受け継ぎ、時代と国境を越えて、数多くの医薬品を創製し、世界の人々の健康に貢献してきました。

1604年(慶長9年) image

田邊屋又左衞門、ルソンへの渡航朱印状を交付される

初代田邊屋五兵衞の曽祖父にあたる田邊屋又左衞門は、徳川家康より朱印状を交付され、呂宋国(ルソン 現:フィリピン)や暹羅国(シャム国 現:タイ)へ出かけ生薬等の貿易を行っていた。

1678年(延宝6年) image

初代田邊屋五兵衞、独立開業

初代田邊屋五兵衞は、大阪の土佐堀一丁目において独立開業し、合薬「田邊屋振出薬」(たなべや薬)を製造販売。店じるしは“入り山”に五兵衞の五の字を配した。

1688年(元禄元年) image

初代田邊屋五兵衞、「黒川大和大掾藤原金永」の称号を授かる

初代田邊屋五兵衞は、「たなべや薬」を朝廷へ納めるなど、朝廷の「禁裏御用」を1688年(元禄元年)頃から勤めていたことや、薬が大変良く効くなどから「黒川大和大掾藤原金永」の称号を授かった。

1791年(寛政3年)

六代田邊屋五兵衞、大阪道修町一丁目に移り、薬種中買株仲間に正式加入

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六代田邊屋五兵衞は「薬種中買株仲間」の近江屋九兵衛名義株を譲り受け、長年の思いであった「薬種中買株仲間」への正式加入を果たした。

1855年(安政2年) image

十一代田邊屋五兵衞、
道修町三丁目に新店舗を開設

十一代田邊屋五兵衞は現在の本社所在地である道修町三丁目に新たに店舗を開いた。店舗の大きさは「表間口:四間半(約9m)、奥行:二拾間壱尺(約37m)」で、当時としては大きな店構えであった。

1901年(明治34年) image

十二代田邊五兵衞、
東京に田邊元三郎商店を開設

十二代田邊五兵衞(前列左端)は製薬場の火災がもとで早世した弟元三郎の名跡を自身の次男(前列中央)に継がせ、東京日本橋に田邊元三郎商店(後の東京田辺製薬)を開設した。

1916年(大正5年) image

大阪市北区本庄に
新薬工場を建設

大阪市北区本庄川崎町に最新式の製薬工場を建設し、医薬品の本格的な国内生産体制を整えた。

1925年(明治14年) image

山口県小野田町に小野田製薬所を設立

山口県小野田町に小野田製薬所(現在の田辺三菱製薬工場㈱小野田工場)を設立してサリチル酸の量産を始めた。

1940年(昭和15年)

武田化成株式会社を設立

武田長兵衛商店(現在の武田薬品工業)と日本化成は両社折半で武田化成株式会社(後の吉富製薬)を設立

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